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思ったことなどです

R11210 日記

最近猛烈に忙しくて、とうとう仕事が本気を出してきたなと感じている。巨大で白くて丸い、仕事という名前の怪物が、どんどん大きく膨れ上がっていく。その怪物はある時から、牙をむいて、大きな口を開けて、ガリガリと音を立てて何かを食べてているような感じになった。多分、食べられているのは僕の人権だと思う。健康で文化的な最低限度の生活というものを、無我夢中で食べているようだ。
 会社のデスクに8時間座っていると、8時間分の仕事が片付くことになっていて、これ自体は全く筋の通ったことだと思うのだけれど、問題は、8時間の間に16時間分くらいの仕事が毎日降ってくることだと思う。計算すれば小学生でもわかると思うけど、こうなるとどうしたって時間が足りなくなる。結果として、喫茶店や家でパソコンに向かって業務記録をタイピングし続けるという現象が、日常生活に常在化するようになった。
 仕事、内容を詳しく書くつもりはないのだけれど、人間を相手にギリギリのところで真剣勝負みたいな対話をする、というようなことをしていて、これが非常に面白くもあるのだけれど、消耗も著しい。旗色の悪い面接が入っている日や、個人的に好きになれない相手と話す日などは、朝から気分が滅入る。起きた瞬間から気分がどんよりと重く、自分は何のために生きているのかという、低俗で後ろ向きな哲学問答のループにはまる。
 最近は少しずつ勝手がわかってきて、この真剣勝負の戦績もまずまず自分が納得できるようなところまで高まってきた。なんとなく勝負の勘どころが掴めるような感覚になることもあるし、終わった後に何が良くて何がダメだったかがわかるようにもなってきた。多分、これが熟達というプロセスなのだと思う。身をもって体感すると分かるのだが、熟達のプロセスというのは非常にゆっくり進むもののようで、注意深く自己を省察していなければ見落としてしまうような感じすらある。
 それでもやはり、数の暴力というものの威力はすさまじい。2次関数的な調子で増えていく仕事を前にしては、カタツムリ並の速さの熟達などでは全く歯が立たない。相変わらず、仕事は溜まる一方で、在宅ワークの時間も増えるばかりである。背中はいつもバキバキだし、時間をかけて手の込んだ料理を作ることもなくなった。部屋の状態は心の状態を表すとよく言うが、それが本当だとすれば、今の僕の心は“出しっぱなしの感情が何層にも重なったまま放置されている”という状態だろう。
 しかし驚くべきこともある。それは、これだけ消耗が激しく、人権も食い散らかされているというのに、なぜか当人である僕に関しては、まるで戦士のように研ぎ澄まされた心理状態が続いているということである。満身創痍で、朝から嗚咽するようなこともあるのだが、それでも、仕事に入ってしまえば臨戦態勢に切り替わる。切った張ったの真剣勝負を繰り返し、戦況の分析から新たな作戦を練り、それを携えて更なる戦いに臨む。そういうことを繰り返していると、だんだんと自分が研ぎ澄まされていくような感覚になる。生理学的な言い方をすれば、アドレナリンが出続けていたり、交感神経が優位になり続けている、というような状態なのだろう。
 眼光炯々として一点を見つめたまま、意識を集中して思考を巡らす様子を見て、上司は「最近あなたの顔から笑顔が消えているので心配だ」と。見当違いのことを言ってはいけない。笑顔が消えているのは、それだけ集中して取り組んでいるからだ。笑顔が消えて泣きそうな顔をしているのであれば、心配のひとつもしてほしいが、今は断じてそうではない。スイッチを入れた機械が、徐々に熱を持ってきて、その機械が一番よく動く温度まで温まったような状態だ。
 思考を研ぎ澄ませることの、なんと楽しいことか!
 できれば、この状態をできるだけ長く続けていたいと思う。なんとも形容しがたい静かで熱い興奮や、“やってやれないことはない”という全能感に触れることは、僕にとっては新鮮な幸福な感覚である。仕事における「やりがい」というのは、もしかしたらこういうディープな状況で感じる不思議な幸福感のことを言っているのかもしれないとも思う。とにかく、このフロー状態をできるだけ引き伸ばせたらいいなと、僕は思っている。
 しかし残念ながら、この状態が長く続くように人間の脳はできていない。学問的にも経験的にも、僕はそのことをよく知っている。温度が上がりすぎて余分な熱を持った機械は、やがてオーバーヒートという現象を起こす。そしてその動きが止まるばかりか、深刻な故障を引き起こすこともある。人間でいうところの、燃えつき症候群とか、バーンアウトとかいう状態にあたるのではないかと思う。急に会社に行けなくなる人の中にも、こういう人は一定数いるのではないだろうか。
 早く回転しすぎた車輪は、徐々に減速させるに限る。焦ってブレーキを踏んではいけない。車輪の回転力は、簡単にブレーキをへし折る。徐々に徐々に、戦士の世界から現実生活へ戻ってくる方法を模索するため、今こうやって自分の内面を省察して、文字に起こしている。