かへでぱへ

思ったことなどです

私と、窓越しの世界

アパートの部屋で自撮りをしている。髪を下ろして、服を少しはだけさせて、私は自撮りをしている。酒が入って、紅潮した頰が、狙った通りに色っぽいなと思う。彼のスマホでシャッターを切る音が、カシャリ、カシャリ、と、狭い部屋に響く。

 

彼はシャワーを浴びている。脱衣所のドア越しに、その音がくぐもって聞こえる。彼はこれから家に帰る。私の部屋から駅に向かい、電車にのって、彼は彼の家に帰る。

 

カシャリ。私は自撮りをしている。口をだらしなく開けて舌を出したり、下着の紐を見せたりして、少しでも色っぽい写真になるよう、試行錯誤している。彼のフォルダにはどんどん写真が溜まっていく。

 

彼とは恋人なのか友達なのか、よく分からない。もし恋人だったら、それは嬉しいけれど、彼から告白されたことは無いし、私からそういうことを言った覚えも無い。彼が私を好きでいるかは分からないし、私が彼を好きなのかどうかはもっと分からない。ただ、世の中で彼だけは、私のことを認めてくれているような気はする。彼だけは、私の目を見て話をしてくれるし、私に触れて喜んでくれる。それに、彼だけは、私から何も言わなくても、私に話しかけてくれるのだ。

 

『好き』がどういう感じか、彼と寝るたびに分からなくなる。満たされる感覚はあるけれど、いまいちそれが『好き』と繋がっていかない。はっきりしないせいで、少しモヤモヤすることもあるけど、私は難しいことを考えるのは苦手だし、なにより彼と寝てしまえば、とりあえずそんなことはどこかへ行ってしまう。

 

彼はたまにここへ来て、私と寝て、朝方になると起き出して、シャワーを浴びてから出て行く。彼は彼の家に帰るのだ。そういうパターンがある。このパターンの中に、時たま、一緒にご飯を作るとか、お店へお酒を飲みに行くとか、そういう出来事が入ってくるけれど、そう大きな違いはない。

 

カシャリ。私は、彼のスマホで自撮りをしている。私は、彼がシャワーを浴びているうちに、彼のスマホで、色んなアングルから、もう何十枚も、自撮りをしている。スマホは、断続的なリズムでシャッター音を刻んでいる。この後、駅まで歩く中で、もしくは帰り道の電車だろうか、家に着いてからかもしれない。彼はこれを見つけるだろう。これだけの写真を、彼は順番に眺める。彼が目を見開いたり、一気に心拍数が上がるような写真もある。その時、彼の頭の中は私でいっぱいになる。

 

 

1枚だけでもいい。彼がまたここへ来るきっかけが欲しい。